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2021年3月19日 - , ,

チーフエコノミスト 河野 龍太郎、1位に選出 – 日経ヴェリタス「債券・為替アナリスト エコノミスト人気調査」エコノミスト部門

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3月7日に発表された日経ヴェリタス・第26回「債券・為替アナリスト エコノミスト人気調査」エコノミスト部門において、河野 龍太郎(BNPパリバ証券株式会社 経済調査部長 チーフエコノミスト)が2015年以来6年ぶり、8回目の首位となりました。

今回のランキングにあたりご評価いただきました皆様、また、平素よりお世話になっておりますお客様へ河野ならびに弊社一同、心より御礼申し上げます。

 

河野 龍太郎からのメッセージ

「この度は、日経ヴェリタス・第26回「債券・為替アナリスト エコノミスト人気調査 (2021年3月7日号)」のエコノミスト部門で首位に選出いただき光栄に思います。皆様から高い評価を頂き、大変感謝しております。有難うございました。 以下、少し長いレポートですが、日本経済の長期低迷に関する私の分析です。是非、お読みください」

 


 

日本の長期停滞の真因

消費低迷をもたらしたbad luck、bad management、bad policy

(本コメントは2021年3月19日に発行されたものです)

2000年代初頭、不良債権問題こそが「日本の失われた10年」の原因とされていた。ただ、不良債権問題が解決された後の2000年代半ば以降も、企業の貯蓄超過傾向は変わらず、低成長は一向に解消されなかった。2010年代前半は、消極的な日銀の金融政策こそが「日本の失われた20年」の真因とする見方もあったが、2013年からの異次元緩和の大実験でも、やはり低い成長は変わらず、所得も増えなかった。潜在成長率は1%を割り込んだままである。

現在、我々はパンデミック危機と闘っている。ワクチン接種が広がり、パンデミック危機が終息に向かえば、ペントアップ・ディマンドが顕在化し、一時的には高めの成長も訪れるだろう。しかし、それが一巡すれば、再び低い成長に舞い戻るのは避けられそうにない。まずは、長期停滞の原因を特定することが先決だろう。

 

PB赤字なしには完全雇用に到達できない

2010年代後半、90年代初頭以来の超人手不足社会が訪れた。短期失業率は大幅に低下し、働く意思と能力のある人は、ほとんどが採用されていた。多くのマクロ経済問題は、完全雇用に到達することで解決可能である。ただ、それでも生産性上昇率の低迷は変わらず、賃金もさほど上昇しなかった。完全雇用の維持にばかり血眼になって、財政・金融政策を繰り返し、生産性や潜在成長率を高めるための成長戦略を怠っていたという誹りを免れないだろう。完全雇用に到達した後は、資源配分の効率性を高める構造政策に舵を切らなければ、生産性も賃金も高まらず、我々は豊かさを得られない。

ただ、政策移行がスムーズに行えなかったことと関係する問題がある。それは、完全雇用下においても、大幅なPB赤字を抱えていたという点である。景気への悪影響を恐れて、マクロ安定化政策の手仕舞いに踏み切れなかったと言ってしまえばそれまでだが、貯蓄投資バランスの観点から考えると、そこには無視し得ない大きな論点がある。それは、日本経済がPB赤字抜きには、もはや完全雇用に到達できないという問題である。これが、2010年代に完全雇用に達しても、日本経済が長期停滞から抜け出せていないと筆者が考えていた理由である。

この点を簡単なマクロ経済モデルで説明する。通常、実質金利が変化することで、貯蓄と投資が均衡し、経済は完全雇用を可能とする産出量に達する。完全雇用を可能とする産出量に対応する実質金利の水準を自然利子率と呼ぶ。仮にショックが訪れ、民間消費や民間投資の減少によって、貯蓄が投資を上回ると産出量が減少し、完全雇用から外れる。その場合、金融緩和によって実質金利を自然利子率よりも低く抑えることで、民間投資や民間消費を刺激すると、投資と貯蓄がバランスし、再び産出量は完全雇用に対応した水準まで回復する。

問題は、何らかのショックによって、自然利子率が大幅に低下し、実効下限制約を下回る場合である。貯蓄と投資をバランスさせるレベルまで実質金利を引き下げることができないため、産出量を完全雇用に対応した水準まで回復させることが不可能となる。すなわち、金融政策は有効性を失い、民間投資や民間消費を刺激できない。ただし、民間投資では吸収できない民間貯蓄を、例えば大幅なPB赤字や大規模な経常黒字によって吸収出来れば、産出量を完全雇用の水準まで回復するのは不可能ではない。つまり、長期停滞に陥っても、完全雇用の到達は可能である。とは言え、大幅なPB赤字を続けることも、大幅な経常黒字を続けることも持続可能とは言い難い。それゆえ、自然利子率を持続的に回復させる手立てが必要だが、それは容易ではない。そもそも自然利子率を低下させた要因、つまり長期停滞の要因を特定できていないのが現実である。

日本で事実上のゼロ金利政策が始まった1995年以降、完全雇用ないし、それに近い状況にあったのは、追加財政によるPB赤字の拡大や海外経済の回復による経常黒字の拡大が見られた局面だった。一方で、緊縮財政や海外経済の減速が始まった途端に、景気減速が始まり、完全雇用を維持できなくなった。90年代半ば以降、長期停滞に入った日本経済は、PB赤字や経常黒字なしには、完全雇用に達することができなくなり、今もその状況は変わらない。政府・日銀はデフレではない状況になったというが、完全雇用に到達できたからと言って、長期停滞から脱却できたわけではないのである。

それではなぜ、民間投資で吸収できないほどの民間貯蓄が恒常的に発生するのか。最大の理由は、企業部門が高水準の貯蓄を維持していることだと思われる。儲かっても利益を溜め込み、支出を抑え込んできた。人的資本投資も十分に行われないし、賃金も引き上げない。また、設備投資もキャッシュフローの範囲内に抑え込まれている。部門別の貯蓄投資バランスを見ると、高齢化によって家計部門の貯蓄超過が縮小を続ける一方、企業部門は、1990年代半ば以降、貯蓄超過が続いている。かつての常識は、企業部門は借入をして投資を行う主体というものだったが、長期にわたって、債務の返済が続き、フローベースでは貯蓄主体となっている。日本の金融機関が苦しいのは、企業部門が貯蓄超過にあり、借り入れを増やさないためである。

マイナス金利政策の導入後、低金利が続くから金融機関が苦しいという議論になりがちだが、正確には、借金を返済する企業が増え(借金返済は企業部門の貯蓄に他ならない)、借入によって投資を行う経済主体が減っているから、金融機関は苦しいのである。貯蓄と投資をバランスさせる自然利子率が低いままであるのに、もし政策金利を引き上げれば、そのバランスはさらに崩れ、借入がさらに減るから、金融機関は一段と苦しくなる。長短金利ともに実効下限制約に到達した現在、金融緩和の強化が問題解決にならないのは事実だが、政策金利の引き上げも解決にはならない。

それではなぜ、企業は人件費や設備投資などの支出を抑えたままなのか。それは、企業の日本経済に対する成長期待が乏しいからに他ならない。90年代に企業による日本の成長率見通しは大きく低下し、90年代末以降は1%台まで低下し、2000年代末以降はさらに水準が切り下がっている。それではなぜ企業の成長見通しが低迷しているのか。経済の6割を占める個人消費が低迷を続けるからであろう。景気循環を経るたびに、個人消費の伸びは鈍化する傾向にある。大手企業が生産能力を増やすことがあっても、それは常に海外需要の拡大を意識したものであり、近年の能力増強はもっぱら海外の生産拠点においてである。日本企業は国内市場の成長に見切りをつけている訳だが、少子高齢化によって、消費の拡大がもはや期待できない、と主張する企業経営者も少なくない。

労働力の減少は、理論上、一人当たりの資本ストックを過剰にするため、資本蓄積を滞らせる要因にはなり得る。とは言え、後述する通り、国内にはもはや大きな過剰問題は残っていない。一方で、人口減少は、マクロ・レベルで市場の縮小をもたらすほどのペースで進んでいる訳でもない。高齢化によって需要構造は大きく変化しているが、その変化に対応できていないだけのようにも見える。筆者自身は、大阪大学名誉教授の小川一夫氏が主張するように、少子高齢化が原因というより、企業の慎重な行動そのものが、自己実現的に消費低迷をもたらしていると考える。

 

非正規雇用の増大が消費低迷の一因

まず、2000年代以降、企業はコスト削減のために、十分なセーフティネットを持たない非正規雇用を増やしてきた。今や非正規雇用は雇用全体の4割近くに達する。非正規雇用は、不況期において、調整弁とされるだけではなく、失職すると保険料を払えなくなり、公的年金や国民保険などのセーフティネットを失うリスクに直面する。それゆえ、景気拡大局面で所得が増えても、予備的動機で貯蓄を続け、消費を積極化させない。2010年代後半に超人手不足社会が訪れ、多少は非正規雇用の処遇が改善されたが、消費回復が遅れたのはこれが一因だろう。実際、パンデミック危機で削られたのも非正規雇用であり、今後の景気回復局面で所得が増えても、彼らは簡単には消費を増やそうとはしないだろう。

さらに企業のコストカットは、今や正規雇用のOJTやOFFJTの抑制にも及んでいる。いくらコストを抑えられるからと言っても、OJTやOFFJTまで抑制すると、人的資本の蓄積が滞り、生産性の上昇にも悪影響をもたらす。先進各国に比べて、日本企業の能力開発費の対GDP比は驚くほどに低い。近年、日本企業から、顧客が欲する新たな財サービスが生まれてこない理由は明らかだろう。ただ、そうなると、企業は益々コストカットでの利益捻出に注力せざるを得なくなる。企業経営者からすれば、儲かってもコストカットが理由であって、従業員の生産性上昇によるものではないため、賃金を引き上げないという悪循環に陥る。正規雇用も職が守られるのなら、それで良しとなってくる。

これらの結果、雇用が増えても、賃金は低いままとなる。いや賃金が低いから、雇用が増えているというべきかもしれない。先進各国においても、近年、賃金が中々増えなくなっていると言っても、過去30年の間に実質賃金は、米国、フランス、ドイツで30~40%は増加している。しかし、日本はイタリアと共に、文字通り横ばいのままである。これでは消費が増えないのは当然であろう。因みに日本では、2000年代以降のほとんどの期間で、雇用者所得増加の主因は雇用者数の増加であり、逆に雇用者所得が減少する際には主に平均賃金で調整されている。

消費の回復ペースがあまりに鈍いため、利益を捻出するには人件費などのコストカットしかないと企業が考え、そのことが自己実現的に消費低迷(=国内売り上げの低迷)をもたらす。その結果、設備投資も極力抑え込まれるから、貯蓄と投資のバランスは崩れたままで、自然利子率が実効下限制約を下回るため、PB赤字や大幅な経常黒字なしには、完全雇用を維持できない。これが日本の長期停滞のメカニズムであろう。

しかし、何がきっかけで日本経済は長期停滞の罠に陥ったのか。90年代初頭のバブル崩壊後、企業部門は、過剰ストック、過剰債務、過剰雇用を抱えていた。この過剰を処理するために、企業は支出を抑えたのであり、その結果、前述したように、90年代半ばから企業部門は貯蓄超過となった。この過剰の解消が最初の「失われた10年」の原因だったことは専門家でもコンセンサスが得られている。しかし、2003年には不良債権問題は終息し、過剰問題は解消されたはずである。

 

bad luck、bad management

我々は不良債権問題が終結すると、企業部門が再び借り入れを増やし、設備投資を積極化させ、企業部門全体で見ると再び投資超過に転じると期待していた。しかし、なぜそうならなかったのか。そこには、bad luck(不運)、bad management(悪い企業経営)、bad policy(悪い政策)の三つが影響したと思われる。

bad luckは、経済危機が繰り返したことである。1990年代末に始まった金融危機が終結する前の2000年末には、ITバブルが崩壊した。不良債権問題が解消されていなかったから、資本市場の動揺も続き、ITブームに浮かれた一部企業のみならず、多くの企業が大きなダメージを被った。その後、しばらくして、グローバル経済が活況に沸き始める。日本にも空前の輸出ブームが訪れ、加工組立を中心に能力増強投資に踏み切る企業も増えたが、米国のサブプライム・バブルが崩壊し、2008年にはグローバル金融危機が日本経済を直撃した。電機セクターの一部が存続の危機に直面したのは記憶に新しい。さらに2011年には東日本大震災が襲った。

過去25年間の景気拡大局面で、強気の設備投資計画を実行した企業は経営問題に発展し、リスクを取らなかった経営者ばかりが任期を全うした。そうなると、多くのサラリーマン経営者が企業の存続と正規雇用の維持ばかりに注力するようになるのも理解できなくはないだろう。攻めの経営は、アニマルスピリットを持った一握りのアントレプレナーだけになってしまった。

そして、極めつけは、今回のパンデミック危機だろう。儲かっても溜め込むだけという批判にも耳を傾けず、支出を抑え込んでいたからこそ、倒産も正規雇用のリストラも避けられたと安堵するサラリーマン経営者は少なくない。今回の成功体験から、次の景気回復局面においても、企業部門の慎重な支出行動は変わりそうにない。

危機から立ち上がるたびに、バランスシートはスリム化され、収益率も高まり、サプライサイド問題は解決されていた。マクロ経済の回復が訪れても、人員採用も投資も絞られ支出は抑え込まれた。その結果、決して勢いのある景気回復とはならず、過剰も蓄積されないから、緩慢な回復が長期化するようになった。時の政権は景気拡大期間の長さばかりを強調するが、誰も回復の実感が湧かないのはこのためである。

日本企業がリスクを取らなくなったのは、90年代末以降、グローバル資本市場に直面するようになったことも大きく影響している。ガバナンス強化とポジティブに捉える人も多いが、そう単純な話ではない。筆者は、少なからぬ企業経営者が目先の利益確保を重視し、前述したようにOJTやOFFJTを抑え、人的資本投資や無形資産投資を怠たるなど、長期的な視点で行動しなくなったと考えている。それがbad managementであり、マクロ経済的に見ると、合成の誤謬をもたらした。儲かっても以前のように企業経営者が簡単には賃金を引き上げなくなったのも、資本市場からの強いプレッシャーも影響しているだろう。2000年代は、まだ日本の人件費は高いと思われていたから、賃金抑制を図ろうとする企業経営者を称賛する風潮も見られた。

また、収益性の高い大企業が収益性をさらに高めるべく、生産拠点の一部を海外にシフトするという現象もみられた。高収益の研究開発やアフターサービスを国内に残し、低収益の労働集約的な生産工程を海外に移転したのだから、皆、望ましいと考えていた。ただ、グローバル展開できるのは、生産性の高い一部の限られた大企業だけである。大企業の事業所が閉鎖されると、中小企業へのイノベーションの波及が滞り、製造業全体の全要素生産性に悪影響を及ぼした。一国全体で見ると、収益性の高い事業所が海外に移転し、収益性の低い事業所が国内に残存するという空洞化問題が発生したのである(当初、筆者は、空洞化問題は、理論的にあり得ない問題だと思っていたため、本当に驚いた)。国内に残るしか選択肢のない企業は、コストカットを進めることで利益の捻出に走り、企業のバランスシートは益々、スリム化していった。

 

消費停滞をもたらしたポリシーミックス

こうした企業行動に対し、政府は適切な対応を取ってきたのだろうか。むしろ、合成の誤謬を助長したようにも見える。bad policyである。まず、2000年代に、政府は膨張する社会保障給付への対応として、被用者の社会保険料の引き上げで対応した。政治的反発が最も少ないところから財源を確保したとも言えるが、前述した通り、グローバル競争が強まる中で、企業は人件費負担の重い正規雇用を非正規雇用に代替する動きが始まっていた。被用者の社会保険料が増えることは、企業にとっては、正規雇用の人件費負担が一段と重くなることを意味する。そのことが生産拠点の海外シフトを促し、国内では非正規雇用で代替するインセンティブをさらに強め、結果として、個人消費を抑制させる要因になったと見られる。社会保障制度に懸念を持つ家計は、社会保険料が増えたことで、制度存続への懸念をさらに強め、予備的動機で貯蓄を増やしたという研究もある。

2010年代のアベノミクスでは、慎重な企業行動に変化をもたらそうと、様々な施策が試みられた。ただ、企業が慎重な行動を取るのは、そもそも家計が消費を増やさないから、という認識を持ち合わせていなかったため、逆効果をもたらす政策も少なくなかった。成功と見なされている円安政策も個人消費への影響を考えると、むしろ逆効果だった可能性がある。企業は生産拠点の海外移転を既に進めていたため、財輸出の増加にはつながらなかったが、確かに円安進展は海外収益の押し上げと株高にはつながった。しかし、円安進展は、中々増えない家計の実質購買力を輸入物価の上昇を通じて一段と抑制し、個人消費をむしろ萎縮させた可能性が高い。家計の犠牲で企業を潤しても、個人消費が抑制されるのなら、企業が支出を拡大させないのは、常々論じた通りである。

もちろん、円安政策はインバウンド需要を喚起し、非製造業部門にも大きなメリットをもたらし、雇用の改善にはつながった。ただ、増えたのは結局、低い賃金の雇用ばかりである。そもそも既に完全雇用にある中で、円安によって自国民の実質購買力を抑制し、外国人にサービスを安く供給することが、果たして一国の経済厚生の改善をもたらすのだろうか。全体のパイがほとんど変わらない中で、個人消費を犠牲にし、サービス輸出を拡大させただけではないのか。

グローバルな潮流として止むを得なかったという見方も少なくないが、アベノミクスでは法人税減税が繰り返された。企業の立地や設備投資を促すことが期待されたが、予想された通り、各国と同様、そうした効果は殆ど得られなかった。安易に追随するのではなく、法人税減税合戦を繰り返しても税収が減るだけ、と各国を説得すべきだったと思われる。

さらに、法人税減税と消費増税がセットで行われたことは、分配上の大きな問題を孕む。付加価値は資本所得と労働所得に分けられるため、消費増税と法人税減税の組み合わせは、事実上の労働所得課税となる。つまり、賃金上昇が乏しい中で、労働所得への課税を強化したのである。本来、必要だったのは、儲かっても溜め込むばかりの企業への課税だったように思われる。これらの反省を踏まえると、今後の税制改革において必要なのは資本課税であろう。それは、消費増税と被用者の社会保険料の引き下げを組み合わせることによって可能となる。

筆者は、2013年のアベノミクスのスタート段階から、日本経済の長期停滞の原因には、分配問題が大きく絡んでおり、円安政策や法人減税で企業部門を利しても問題解決にはならず、むしろそうした家計を犠牲にする政策が問題なのだと主張してきた。しかし、少なくともアベノミクスの前半までは、家計を軽視してでも、企業部門を利することが長期停滞の解決につながると考える人が少なくなかったように思われる。この先もアベノミクス的な発想が継承されるようでは、個人消費は低迷が続き、企業は儲かっても溜め込むだけに終わるだろう。そのことは同時に、PB赤字なしでは完全雇用に到達できない状況が続くことを意味する。このままでは「失われた40年」となりかねない。

 

参考文献

小川一夫著『日本経済の長期停滞 実証分析が明らかにするメカニズム』日本経済新聞出版 2020 年

深尾京司編、中村尚史編、中林真幸編『現代 2 安定成長期から構造改革期(1973-2010) (岩波講座 日本経済の歴史 第 6 巻)』岩波書店 2018 年

深尾京司著『世界経済史から見た日本の成長と停滞 1868-2018 (一橋大学経済研究叢書 67)』岩波書店 2020 年

 

 

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